雑記帳

美唄2017

2017年10月7日〜16日
北海道の安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄「安田侃まなざし展」にて。

美唄2017

2017年10月23日up

 

寒中御見舞申し上げます。

3月4日(金)5日(土)6日(日) 三日間のミニ展覧会を開催します。

私の今の日常を撮した写真集が出版されますので、その記念に私の今描いている水彩画も展示します。写真は藤本巧さんの作品です。私の現在の状態が生活する環境と共にリアルに表現されています。
水彩画は染色では表現しきれない部分を満たしてくれるので私にとっては大変面白い仕事です。
会期が短いので申し訳ありませんが、濃縮したロードショーのようになれば楽しみです。早春の一時ご来場をお待ちしています。

柚木沙弥郎
2016年1月15日

  

 

◇2015年4月から信濃毎日新聞で月に1回(第1日曜日)掲載されてい渡辺美佐子さんのエッセイの挿絵を担当しています。



 

◇ニース アジア美術館で昨年のパリでの展覧会が巡回しています。

MUSÉE DÉPARTEMENTAL DES ARTS ASIATIQUES
http://www.arts-asiatiques.com
会期:2015年3月3日〜9月6日「LA DANSE DES FORMES」

 

□新刊本、トークイベントと掲載雑誌のお知らせ□


「柚木沙弥郎 92年分の色とかたち」
写真:木寺紀雄
編集:柴田隆寛、熱田千鶴(株式会社イーター)
出版:グラフィック社
定価:2200円+税

◇「柚木沙弥郎92年分の色とかたち」が刊行されました。最新作から蒐集品、書き下ろしのエッセイも収録されています。

◇出版を記念して渋谷にある本屋さんSHIBUYA BOOKSELLERSにて11月13日(木)にトークイベント「92歳。そして人生とアートは、続く。」が開催されます。詳しくは下記アドレスよりご覧ください
http://www.shibuyabooks.net/commerce/special/lab.cgi

◇雑誌「藝術新潮11月号」にインタビュー記事が掲載させています。

 

パリ ギメ展レセプション番外編 

私のスピーチが終わって大きな扉が開かれました。待ちくたびれた日仏の大勢の人々がどっと会場に入って行きました。
左右半円形の会場は階下に図書館を具えたギリシャ風の彫刻をいただく柱に支えられたクラシックな吹き抜けの建築です。

このレセプションの行われる前にプレスの人々の質問がありました。印象に残ったのは一人の若い青年が興奮気味で私にいろいろ尋ねに来たことでした。「いつから伝統からコンテンポラリーに変わったのか」「その動機は何なのか」「いろいろなモチーフがあるようだが作品にする迄どんなプロセスで仕上げるのか」「最後に我々記者達の多くはこの作品群を見て興奮している。第一楽しい。元気が出た」と。

私はこの展覧会の準備中8月9月、フランスのバカンス前後、ずーと会場構成についての日仏のやりとりが難航したことを知っています。ギメの当事者の学芸員が自分のこの会に対するプランをキチンと建てていて、一歩も自らの方針を曲げようとしないのです。それは自分達ギメ美術館は国立であり、ギャラリーではない教育的見地があるというのです。それでこの作者の原点はアイヌだということ、もう一つは作品を製作年順に陳列すること、作者の使う道具を持ち込み型染めというものが分かるようにすること、などです。

幸い北野武さんのご好意によって、かつて作った「たけしアートビート」の番組を短く再製し、武さんのメッセージをフランス語で吹き込んだビデオを会場で見せることで型染めの実際のプロセスがわかるようになりました。しかしアイヌの厚子はそのまま残っています。

ともかく皆さんの努力の結晶がこの展覧会なのです。
どうぞご想像の上、ご覧ください。

クリックしてください
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2014年10月28日 update

 

2014年10月7日夕

パリにあるフランス国立ギメ東洋美術館日本フロア特別展示室で「La Danse des formes 柚木沙弥郎のテキスタイル作品展」の開会レセプションが行われました。ギメの館長の挨拶に続いて私のスピーチが通訳つきで行われました。その内容のあらましを解説を加えて紹介します。長いけれどあとでゆっくり見て頂けたら嬉しいです。

開会レセプションにおけるスピーチ

 

ギメ美術館サイトのyunoki展詳細

 

2014年8月8日

ギメ展によせて

今秋10月8日初日〜来年1月12日 パリのギメ美術館で「(仮称)おどるかたち 柚木沙弥郎展」が開かれます。
私がパリで三回開いた作品展の会場(2008年)にきてくれたギメ美術館のスタッフから声をかけられて以来、今度急に決まったのです。それはギメの事情で度々変わったこの度の新館長の英断によるものと聞いています。一寸急なことなので万事準備不足ですが貴重なチャンスはもうないので喜んで応じることにしました。

私は画家の父からフランスが文化と芸術を大切にする国だと聞かされていました。私も1967年に初めてパリを訪ねて以来度々それを実感しました。この十年、自分の作品の着地点はパリと心に決めたのです。それは私の片思いかもしれませんが、自分の作品を認めてくれたこと、そして完全に保管し世界中に紹介してくれるのですから作家にとってこんな幸せなことはありません。勿論日本の美術館への貸し出しも可能でしょう。

この度のことは日仏の沢山の方々の励ましと協力によるものであることを感謝しています。そしてこれをよい機会に日本の工芸やアートを作っている若い人たちとパリとのパイプが出来るならば私はこんな嬉しいことはありません。

作品のお披露目の展覧会は私のギメに寄贈した全作品の半分30点前後ですが、初期のものから近作まで含まれるはずです。
尚、初日10月8日はレセプションも予定されています。

ギメ美術館サイトのyunoki展詳細

 

2014年7月15日

朝日新聞の首都圏版夕刊の「オトコの別腹」にインタビュー記事が掲載されました。

http://www.asahi.com/and_M/living/SDI2014071710171.html?iref=andM_kijilist

 

2014年5月16日

身辺雑話を終えて

四月末から腰を痛めて毎日何も仕事らしいことはしていません。それも負け惜しみみたいですが、いろいろなことを考える期間なのかもしれません。車椅子で公園に行くと新緑の中でジョギングをする人、犬の散歩をする人、ピクニックをしている家族、日光浴中の人、いろいろです。土日は大変な人出ですが平日でも割合大勢の人です。それぞれの日常の中でこんな時間を過せることは幸せだと思います。

僕の住んでいる町にも雑貨を売る店がポツポツ増えてきました。昔は荒物屋とか金物屋といっていた店ですが、今はそんな実用一点ばりでなく楽しい生活に何か面白いものが見つかるかも、という期待があるようです。お店にとっては売れなくては勿論困るのですが、さういうイマジネーションのコミュニケーションが我々の日常でお互いに飛び交えば楽しいに違いありません。ぼくはさうしたグッズを紹介する雑誌を見るのが大好きです。そこにはファッションもあるでしょうが今人々が生きている態度、好み、やり方、空気と云ったものが見えてくるのが楽しいのです。

一日があっという間に終わって次の日が来ます。イエスタデーはたちまちノスタルジーの対象になり、いとおしく思えます。時々刻々ノスタルジーがあふれかえって書き留めておかなくては勿体ないと考えて小さな絵を作ったのです。

今後の催しの予定

・松本展 8月21日〜9月3日 (松本市中央民芸家具ショップ)
・岩手県立美術館 10月4日〜2015年4月19日
・盛岡光原社

 

2014年5月15日

once upon a time

once upon a time

いつかどこかでの賑やかな通りの風景。上段はフランス製、下はドイツ製。原寸大の玩具。フランスはのんびり、ドイツはきちんとできている。

 

2014年5月14日

空、海、船

空、海、船

ぼくは子供のときから船の姿にあこがれている。サンチャゴの古物屋の倉庫で船員が航海中か上陸してからか退職してからか、自分の乗っていた貨物船を作ったかと思われる荒っぽいけど愛情を込めた模型があった。勿論すぐ欲しいと思って入手した。
この絵はぼくの船へのオマージュ。

 

2014年5月12日

a good joke

a good joke

ぼくも二回参加したパリの印刷物や版画の見本市で入手した古いイラストの模写です。原画については題名そのまま。こんなに笑えるのは余程全員に共感できるjokeだったのだろう。愉快さう ほんとうに。

 

2014年5月10日

ブリキの貨車

ブリキの貨車

個展を三度やったリュードセーヌのギャラリーの近くに古い玩具を飾り窓に置いた店があった。ただ何時行ってもドアに鍵がかかっている。きっと変な時間に店の人が来るんだろう。それでようやく店に入れた時、買ったのがこの種の貨車で他にも大分こわれた1930年代の大型客船があった。もっとも実物は30cmもないのだけれど。こんな店がパリには他に何軒かあるらしく地図に印をつけてくれたけれど、今の僕には探しまわるエネルギーがないのは残念だ。

 

2014年5月9日

豚の貯金箱

豚の貯金箱

この立派な豚をコインを取り出すために割る人がいるのだろうか。

洋梨とざくろ

洋梨とざくろ

 

2014年5月7日

トラックとレースカー

トラックとレースカー

うちのアンチークの机は甲板が傾いているから置きようで車が走ってしまう。うちから出たところも少し坂道だからぼくの車椅子もブレーキをしないと危なくてしょうがない。

シェルトリンド

シェルトリンド(美しい空)

パコ・デルシアのギターを聞く。この人形を見ていると、そんなにいそがないで、ゆっくり、ゆっくり、そして「それは君が考えこむほどのことははいのさ」と言っている気がするのだ。

 

2014年5月6日

聖夜

聖夜

倉敷に住んでいたぼくは駅の売店に聖夜のイエスが降誕するシーンをかいた芹沢_介先生の週間朝日の表紙を見つけた。まだ先生に会ったこともなく、その時の歓びとトキメキは生涯忘れられない。この絵は原寸くらいの小箱で扉を開くと厩の中に赤ん坊のイエスを囲んで牛や馬や東方から来た王たち。一種の携帯できるお守り。メキシコ製。ぼくは中身より箱が好きだ。

卓上のくだもの

卓上のくだもの

お正月がくるので机の上の新聞や雑誌その他いつも山のようになっているものを片付けた。くだものを並べてみる。

 

2014年5月5日

クラコフのコウノトリ

クラコフのコウノトリ

クラコフの画家のうちでお昼をごちそうになった。その家は郊外にあって一軒家なのだ。その時、窓の下をシャガールが描くようなヴァイオリン弾きがやってきた。

人形劇

人形劇

 

2014年5月4日

波濤をこえて

波濤をこえて

父は神戸からマルセイユまで40日の船旅たっだそう。

人形の椅子

人形の椅子

アメリカの古道具屋にポツンとあったこの小さな赤い椅子。ぼくが買わなくて誰が買う。

 

2014年5月3日

トラックに乗った牡牛

トラックに乗った牡牛

想像するにアメリカのお父さんが息子のためにクリスマスの前にこっそり何晩もかかって作ったものじゃないだろうか。メキシコの手づくりの牡牛をのせてみるとばかに相性がいい。

自作の指人形

自作の指人形

ぼくの思い出のこもった古ギレを着たこの人形よ。永遠なれ。
(近くパリの美術館に嫁入りする)

 

2014年5月2日

自作の指人形

ペルーの埴輪

これはニューメキ物産館でかったのだけれど、古代の埴輪に全く負けないよ。

乾いたとうもろこし

乾いたとうもろこし

 

 

2014年5月1日

公園に行く道

公園に行く道

青い空 今日こそ公園に行こう。

 

家族写真

家族写真

祖父を中心に一族が写っている写真がある。この中に今生きているのは僕だけだ。それはどうでもいいのだが祖父が一人横を向いている。それは自動シャッターを切った叔父がどこに立つのかと気になってこの始末になったのだ。その当時、撮り直すチャンスはなかったのだろう。

 

2014年4月30日

紙袋

紙袋

モリエールの像のそばのホテルに泊った。そこの近所にパン屋がありいつも窓ごしに職人がパンをこねてかまどにいれているのを見ていた。東京に帰る日、パンを買った。その日のタクシーのドライバーは女の人で、重いカバンをぽんとトラックに放り込んだ。車が走りだすとドゴール空港につく迄、片手を振り振り話し続けた。

 

ビーフカレー

ビーフカレー

 

2014年4月29日

ギニョール

ギニョール

パリの民族アート美術館にはたくさん子供相手の人形芝居の人形がある。それを見たとき思い出した。昔父が新聞紙をこねて粘土にして指人形を作ってくれたのはこれだったんだ。

晩秋

晩秋 食べごろを逸した洋梨

何日もたって丁度いい頃切ると切り口がとても美しいので、とうとう食べられなくなるまで眺めていた。

 

2014年4月28日

卓上風景

卓上風景

ボナールという画家はよく卓上の風景をかく。そばに女性や犬がいる。そして何よりも美しい色が毛糸のようにあたたかい。


ミニチュアの家

ミニチュアの家

 

 

2014年4月27日

洋梨と古いナイフ

洋梨と古いナイフ

朝食の食卓でこのナイフを握るとブルターニュを旅した時のことを思い出す。
マダム・ブィヨンという古物屋で益田夫妻が買って僕とドライバーになってくれた青年に分けてくれたこのナイフ。しっかり握り手の先まで刃があって手に持った重さや手応えがいい。さびるのが難点だけれど僕には料理にも食事にも欠くことのできない一品なのだ。夫々皆んなの朝食の時、同じことを思っているに違いない。


サンタフェの熊

サンタフェの熊

作者が作家というので値が高かった。しかし今になってよく見ると案外のんびりしたとこがあって、あの時止めなくてよかったと思う。

 

2014年4月26日

大きな瓶

大きな瓶

古い吹きガラスは勿論ガラス瓶はペットボトルより、遥かに人間臭い。


セプテンバー

セプテンバー

猛暑の羽田からキラキラ雨あがりのロンドンのホテルに荷をおろした。窓を開けると中庭で鳩が鳴いている。セプテンバー!

 

2014年4月24日

カフェオレボール

カフェオレボール

今思えば子供の頃、多分輸出用に作られたこの絵と同じ手のボールでコーヒーを少したらしたミルクを飲んでいたんだ。


クロワッサン

クロワッサン

 

2014年4月23日

赤い缶

赤い缶

燃えないごみなんて勿体ない。


ひまわり

ひまわり

もう夏の終わりの頃、いつも通る横断歩道の路肩に車のガスを浴びながら花を咲かせているひまわりがあった。角のタバコ屋に相談したら植えた人にかけ合ってくれてその日の夕方、ユッサユッサと担いで来てくれたのには感謝した。

 

2014年4月22日

メキシカン

メキシカン

ぼくの作品展の同じ棚にあったこの人形たち。詩人の宇佐美英治先生がそばに来て「これ君が作ったの?」と小さな声で聞かれたっけ。

 

ペルーの羊とグアテマラのタイル

ペルーの羊とグアテマラのタイル

縫いぐるみの兎

縫いぐるみの兎

体のなかに重りの砂が入っていてい下に置くとぐしゃっとへたり込む。今の僕のよう。

 

2014年4月19日

クラフトスペースわ 身辺雑話展について 4月21日〜5月4日

普通作者は自作の説明はしない。しかし僕の今度の場合、絵を見る人に是非伝えたいその場や時の思い出を言葉にして残したいと思いました。それは長年身辺にあって、僕の相手をしてくれたものに対するオマージュであり、そして僕のノスタルジーなのです。

ぼくのツェッペリン

ぼくのツェッペリン

飛行船ツェッペリンの東京飛来(昭和4年)はぼくの少年時代のハイライトだ。小学校一棟ぐらいの長大に見えたその勇姿と地鳴りのような爆音。友達に頭の後ろにフワフワッと長い子がいて、翌日から仇名がツェッペリンとなった。この絵のツェッペリンは原寸大でクリスマスのオーナメント。

夢の中を走るトラック

夢の中を走るトラック

散々子供の遊び相手を果したこのブリキのトラックは今僕の棚の上で静かに故郷のロスアンゼルスの夢を見ている。このトラックは頑丈でシンプルそしてリアル、これぞTin Toy!

 

2014年2月14日

いつの間にか我が家に溜まったメキシコ玩具やブリキの自動車、空瓶、空箱等は僕にとってはどれ一つ捨てられないものばかりです。それを一つ一つ手にとって眺めているとOnce upon a time と話しかけてくるのです。

今僕はさうしたもの達との会話を絵にしているところです。絵のサイズは大きくても20×25センチと小さいのですが手作りの額も用意されていて楽しいです。
絵の展示は渋谷のクラフトスペースわで4月下旬から5月上旬を予定しています。

今年の僕の作品発表は以下のとうりです。

・国展(六本木国立新美術館) 5月1日〜5月12日

・IDEE Shop NIHONBASHI open記念 柚木沙弥郎新作展 3月20日〜4月21日

・岩手県立美術館 常設展3期4期展示として 10月4日〜2015年4月19日

 

2013年5月10日

柚木沙弥郎 いのちの旗じるし展がはじまりました。私の作ったものを美術館が収蔵して下さることになり、その記念として今度の展覧会を開催して頂けるので、私は心から感謝しています。

ここ数年、私がテーマにしてきたのが、いのちの旗じるしです。

私たちの毎日のくらしはそれぞれのいのちによって支えられています。いのちの源は衣、食、住と考えました。そこで衣を繭、食をとうもろこし、住を家(構成物)に代表させて作品を作りました。

この展覧会ではこの近作を含む私の仕事のほとんどをコンパクトに見ていただける会場構成になっています。どうぞごゆっくりご覧いただけたらうれしく思います。

 

□トークイベントと掲載雑誌のお知らせ□

渋谷にある本屋さんSHIBUYA BOOKSELLERSにて5月16日(木)にトークイベントが行われます。詳しくは下記アドレスよりご覧ください。http://www.shibuyabooks.net/blogs/shop/201304231653004628.html

また、雑誌HUGE6月号のMONGO特集にインタビュー記事が掲載させています。

 

 

「柚木沙弥郎 いのちの旗じるし」
会期:2013年5月2日(木)〜8月18日(日) 
休館日:毎週月曜(祝日の場合は開館、翌日休館)
会場:世田谷美術館 2階展示室
東京都世田谷区砧公園1-2
tel:03-3415-6011(代表)

 

銀座三越特別展


柚木沙弥郎の染布(produced by Craft Space わ)
銀座三越8Fギャラリーにて 4月17日(水)〜4月30日(火)まで開催中です。
ぜひお出かけください。

 

□お知らせ□
IDEE発のウェブマガジン LIFECYCLINGで、柚木のインタビュー記事が掲載されています。ぜひご覧ください。
http://www.ideelifecycling.com/?url=interviews%2Fdetail%2F36

 

岩立フォークテキスタイルミュージアム「柚木沙弥郎の世界」によせて

2013年3月2日

この度は岩立コレクションの中の柚木作品が展示の主になっていますが、同時に岩立さんと私の長い交友の記録でもあります。偶然ということもありますが、人は心に止めて保存しておく「もの」があります。そんな「もの」が何時の間にか、つながって歴史になるのだと思います。岩立さんに導かれて旅をしたインドやアメリカのサンタフェの印象は私に大きな影響を残しました。

もう一つこの催しの企画としてこの春出版された「夢みる手」の話題があります。この本のディレクターは東京タワーの麓にあったMMGという版画の工房とギャルリーのオーナー益田祐作さんです。益田夫妻は岩立ミュージアムのリピーターです。現代の日本の版画家は個人で密室にこもって制作している、本来ロートレックもミロもピカソもプリンターと版を協力して作ることから始まって作品を制作した。元本版画はそうあるべきだという信念から、19世紀の伝統のあるプリントの機械を工房に輸入し技術者も導入して日本のリトグラフィをひろめることに生涯をかけたのでした。そんな情熱家の益田さんのお話を聞くことが出来たら我々の版画に対する認識がひろがると思うのです。

いづれにしてもこのようなユニークな催しを計画して下さった岩立さんに深い敬愛と感謝を捧げます。

 

 

柚木沙弥郎の世界
1月10日〜4月13日(木、金、土のみ開館)
岩立フォークテキスタイルミュージアム(tel:03-3718-2461)

 

2013年1月15日

一昨年から去年の秋までどうも体調が悪くて何をするのも気のりのしない状態が続きました。又、転倒することも多くなり、十月と暮には救急車のご厄介にもなりました。

しかし段々に老体であることの自覚が出てきて、気持ちが落ち着き、自分を取り戻しました。無理をせず、あせらず、あわてず、です。

つくづく私は自分以外の人々、それも全く自分の知らない方々のサポートの大きいことに気がつきました。それが今の私をどのくらい元気づけ励ましているかわかりません。調子に乗りすぎることは抑えてゆっくり今後もやってゆかうと思っています。

それで雑記張も久しぶりに書くことにしました。どうぞよろしく。

今年前半の個展や出版物のお知らせから始めます。

@柚木沙弥郎の世界
1月10日〜4月13日(木、金、土のみ開館)
岩立フォークテキスタイルミュージアム(tel:03-3718-2461)
当ミュージアム所蔵の柚木コレクション(染色、版画、ガラス絵、絵本など)
岩立さんと私の交友にかかわる私のコレクションなど

※mmgの益田祐作さんの編集した柚木沙弥郎作品集「夢みる手」の出版を記念して益田さんのトーク(3月12日)があります。これは同氏の版画についての広い経験に基づく知識と信念をきくことのできる又とないチャンスです。版画自身についての一般の無知を改めるでせう。
今度の岩立フォークテキスタイル展のスケジュールの中に含まれています。人員制限があります。


柚木沙弥郎 「版の仕事」 夢みる手
編集:益田祐作
出版:アーツアンドクラフツ
定価:6800円+税

A特別展
柚木沙弥郎の染布(produced by Craft Space わ)
銀座三越8Fギャラリー
4月17日(水)〜4月30日(火)
飾布、のれん、帯、広巾など、展示即売します。
長年の仕事の中から選んで今度制作した染布たちです。(日々の生活をライトアップしてくれるというタイトルがついています。)

B柚木沙弥郎「いのちの旗じるし」
世田谷美術館 2F展示室
5月2日(水)〜8月18日(日)
新作を含む染布
(既に発表した「夜の絵」と「雉女房」も展示すます。)
今、誰もがめいめいの「旗じるし」を鮮明に揚げて前進しなければならない気持ちだと思うのです。それは私にとっても、いのちはものを作ること、作ることは生きること というかけ声に他なりません。


その他の出版物と掲載雑誌

○絵本「雉女房」 
絵:柚木沙弥郎 文:村山亜土
文化出版より2012年11月2日出版 定価:1700円+税

○コンフォルト 12月号 1800円
これはインテリアに関する雑誌であまり店頭では見かけませんが出版元にお問い合わせください。
インタビューを受けました。私が何をしているか比較的よく全体のことを紹介しています。
(株)建築資料研究社出版部 tel 03-3986-3239

 

2011年6月13日

6月1日の「たけしアートビート」を見て沢山の方々からメールをいただき僕は感激しています。

ありがとうございました。

僕の生涯の仕事を一時間足らずの番組の中に盛り込むのは難しいことでしたが、テレビの人たちの周到な準備と編集で精一杯伝えることが出来たと思っています。普段武さんと縁のない人たちまでも彼の自然な姿にふれ番組を見て一緒になって愉快になり楽しんで下さったようで嬉しく思いました。

これを機会に小品新作展をいたします。
どうぞ沢山お出掛け下さい。(初日17時からオープニングパーティーを行います。)

7月1日〜7月18日(4、11日は休廊)
11:00〜18:30
ジェムアート(青山 根津美術館正門前)
tel:03-3400-1271

案内状の作品は20×40cmカンバスにかいたアクリル画。他に小布片、うちわ等。

 

2011年5月19日

しばらくぶりに雑記帳を書きます。これまで頂いてるお便りに個別にお返事できずに、すみません。

6月1日 NHK BS プレミアム「たけしアート☆ビート 柚木沙弥郎編」が放映されます。
http://www.nhk.or.jp/takeshi-art/index.html

 6月1日(水)20:00〜20:57
 再放送 6月7日(火=月曜深夜)00:15〜1:12
       7月1日(金)8:30〜

去年秋からその話はあったのです。
NHKが新番組に力を入れていると聞いていたのですが、内容についてよくわからいまま12月28日急に本番ということになり、武さんが現れて、その日一日で撮影が行われました。僕と武さんは初対面です。彼が僕を選んでくれた理由も不思議ですが、とにかく僕が日常やっている仕事や人生まで、この番組を通して限られた時間の中で皆さんに理解して欲しいので出来るだけの準備をして望みました。

その当日は冬晴れの気持ちのよい一日で武さんも多分連日の強行日程にも拘らず、さすがにと思えるように終始気持ちよさそうに楽しく一日をこなしていました。

その後、放送の直前まで客観的に納得が得られるまで編集のし直しやいろいろなことがあるみたいで、僕も放送を見るまで不安ですが、とても楽しみです。

 

この夏から秋にかけてジェムアートの新作展、クラフトスペースわのガラス絵展、ギャラリーTOMの新作展など続いて催される予定です。


2010年11月21日

僕は一つの砂時計を思い浮かべる

その中央のくびれた部分が僕なのだ。

そこを通って無数の砂粒が音もなく上から下に流れ落ちてゆく。

砂は僕のファミリーなのだ。

 

2010年11月11日

近く僕の家族が集まって僕の八十八のお祝いをしてくれる。
もともと僕の父は一人っ子で、母も弟と妹がひとりづついたばかりだから結果的に集まってくれる人数もそんなに多くはないけれども、それにしても子供、孫、ヒ孫、それに甥や姪までいろいろで今の世の中いそがしい中、それぞれ都合をつけてきてくれるのだから、まっことめでたい。

先月父母の郷里に帰省した折、何年かぶりにお墓参りをしてきた。ここには僕の祖先が代々眠っているお墓の群が新バカ、古バカといって二ヶ所もあって、普通新しい方しかお参りしないのだけれども、その中でも僕の知る範囲は祖父母までである。
墓所は町を見おろす岡の上にあって風が強いから昔から線香に火をつけるのに苦労する。

八十八年前 僕が生まれた時に、今度集まってくれる人たちはひとりもこの世にいなかった。存在しない点では今僕の周囲には両親も兄弟もつれあいすらも一人もいない。
僕は今ひ孫の顔も祖父祖母の顔もそれぞれ具体的に思い浮べることができるのだ。

やっぱり奇跡だよ。これは。



2010年10月18日

パリの個展は昨日終わった。
僕は10月1日(初日)から一週間目に帰国したので、その後のことが気にかかっていた。終わった日に電話があって会がまず成功だったことを知って嬉しかった。
初日のベルニサージ(招待日)は大勢の人で賑わったけれども僕のいる間はさっぱり人が来なくてがっかりしていたのが、その後次第に増えて、しかもそれぞれ長時間熱心に見てくれて、この会のために用意したビデオにも床に座り込む人もいたという。これは出し遅れた案内状が効いてきたこと、前回、前々回からのリピーター、一度来た人が友人を誘ってまたきてくれたこと。それから不思議なことに口コミによるもの等、一寸日本では考えられない現象だったという。今パリは最低の不況ださうで作品は一点も売れなかったけれども、個展を三回続けた甲斐があったと思った。勿論反省点もあり、これからの方向もはっきりしてきたから、これで終わりということはない。とにかくスタッフはじめ大勢の人々の協力、応援に深く感謝しています。



2010年10月17日

今日は僕の誕生日。
たまたま孫の夫の両親がアメリカから遊びに来ていて娘の家でその歓迎会も兼ねてお祝いの会をしてくれた。日米の家族、大小老若男女とり混ぜてハッピーバースデーの大合唱。手作りのケーキ。こんな盛大なパーティをして貰うなんて長生きはするもんだと思った。


 

2010年9月27日

パリ展は毎年開いていて、これで三回目。ギャラリーヨーロッパという画廊は美術学校にも近く、画廊が軒を連ねていて、アートを好きな人達の散歩道になっています。
近くにはカフェパレットというカフェの常連だった画家たちのパレットが壁に飾られた古いカフェもあります。
会も三回目となると、これが正念場でほんものか、まがいものか決まるので正直一寸こわいです。しかし沢山の人達が待っていてくれるのでとても楽しみです。


2010年9月22日

老人の行方不明がニュースに出てる。超高齢者ばかりで、いつの間にか社会の置いてきぼりになってしまうのだ。そこ迄いかなくても、これ程長生きすることは昔はなかったから、こんなに肉体だけが元気で生きている人が沢山でてくるとは思いもよらなかった。これは決して他人ごとではないので、そのつもりでいなければいけないのだろう。

80ぐらいの人が今どんなことを考えたり思ったりして日を過ごしているのだろう。皆いそがしくてそんなことどうでもいいかもしれないけれども老人のつぶやきを書き残しておくと後々面白く読める時があるかもしれない。この雑記帖は孫に催促されて書いています。


2010年9月14日

晩夏 初秋 この季節はほんの数日かもしれないけれども一年で貴重な時間だと思う。

 

2010年9月7日

9月7日〜20日 渋谷区松涛のギャラリーTOM(tel:03-3467-8120)で 柚木沙弥郎2010展があります。これはパリで10月にする同名の個展の国内版ですが、違うのは陳列をデザイナーの鹿目尚志さんにお願いしている点です。布である作品をどう扱うか、試行錯誤した結果の一つの答えだと思います。浜田能生さんのガラス器も爽やかです。



2010年9月6日

この夏の暑さは何時おさまるのだろう。
台風の去った翌日、すき透った湧き水のような朝の光が私の部屋に入ってきた。
おはよう、もっと早くきたかったけれども、こられなくってね。
九月になればって言ってたよね。
こんな日が早くきて欲しい。



2010年8月24日

姪が母親から晩年、懐中時計を貰ったのださうだ。その話は初めて聞いた。
そのとき、母親はこの時計はお父さんのパリみやげで今は動かなくなっているけれども、あとで修理して使って、と言われたという。
そこで最近、彼女の近所の小さな時計屋に持って行ったら、箱に1915と書いてあるし、時計屋は珍しがって、ねじを巻いたらすぐ動き出した。中をあけたらいっぺんも修理されていなくて、ピカピカのまま貴婦人の体中を見るようだと驚いたのださうだ。ともかく今は水平にしているから動くけれども、様子を見ませうといって預けてあると姪は言っていた。

僕は母がこの時計を持っていたことをよく覚えている。外出の度ごとにタンスの一番上の引き出しに出し入れしていたから。時計は一寸小ぶりの婦人用で、周囲に唐草模様がついていた。金ではないけれども、金色をしていたと思う。とにかく母親の外出の時は、子どもの頃の僕はその一部始終を見物していたものだ。
この時計に限らず、それっきり思い出す機会のないまま僕の人生の中で忘れ去ったものが沢山あるに違いない。




2010年8月11日

先日、定期が満期になったから来てくれと銀行が言ってきた。同じ方向だけれども、夏でこの頃混んでいるプールは不用心だから中止して、銀行にゆく。出かける前に電話をしたら、前の人とは別の人で、継続ならば印鑑は要りませんと云うので、決められた時間に行ったらば、何とかを続行するのに印鑑が要りますという。
この前は別の銀行で本人を証明するものを持って来てほしいということがあった。近いとはいえ、行ったり来たり何度もこの暑いのに銀行なんかに行きたいとは思わない。ハナガミばかりくれなくてもいいから。



2010年7月31日

僕の家の前の道は坂になっていて、登りの一方通行だけど、広い道から広い道に出る細い道で、信号がないから便利なので車の量がすごく多い。
わずかばかりの距離なのに、わざわざ入ってくるのだから入り口に迂回するような進入路をつくって車のスピードがそこでいったん出せないようにしてある。しかし、そこを通過するとヤレヤレとばかり僕の家の前ぐらいからブーとスピードをあげる。「お宅の前をよく通るよ。」と人は言う。しかしここを歩かなければならない老人には難所です。

先日、例の迂回するところでスピードを落とした緑色の車の中から「こんにちわ」と手を振る人がいるので、びっくりしたら、娘たちの家を最近改造してくれた建築家のKさんだった。夕方のラッシュ時なので、すぐ後ろに車が並んでいるのだから、我々はよろこびを交換するひまもない。



2010年7月23日

梅雨が明けたら俄然暑くなった。
公園のジーと鳴く蝉は少し前から鳴き始めていたが、ヒグラシが夕暮れの林の中ですきとおった声であっちでもこっちでも鳴いているのにびっくりした。
これが夏だ!



2010年7月20日

梅雨明け三日というがこの炎天下の日射しはただものではない。
西日の当る台所で夕食の支度をしていた妻が アツヤ アツヤ と言ったという 。
さう言えば長女は家族の昔のことをよく覚えていて時々 僕を驚かす。



2010年7月12日

このところもの忘れがひどくて、あっち向いてこっち向くと今自分が何をしようとしていたのか忘れて思い出せない。Nが来たのでそのことを話すと彼は僕より大分若いけれども、「当たり前ですよ、僕なんかも何か二階に取りに来て、何をしに来たのか忘れて階段の一番下の段から上り直すんですから。お互いににわとりみたいですね。」と嬉しそうだ。Nが帰ってから面白いことを聞くもんだ、とさっきのにわとりのことを考える。成程にわとりが子細あり気に頭をふるのは忘れものを思い出さうとしているのかしら或いはさうかもね。どうだかね?

 

2010年7月3日

孫の兄妹が今のうちに祖父母の古い家をみておきたいというので、興味シンシン新幹線に乗って出かけていった。

祖母(僕の義理の姉)の生家は、昔は広々した田園に囲まれた美しい村落に立っていたのだが、現在はまわり中、駐車場や今風な民家に変わり果てている。姉は大きな家に独りで元気に暮らしているから感心だ。ところで何と姉は二人に蔵につれて行って、祖先が使っていた輿を見せたさうだ。彼らは教科書やドラマでしか知らないそんな乗り物が現実にしまってあるので、仰天したらしい。ハハハ。

一方、玉島の僕の兄の家は現在は市が管理していて甥がそばに住んでいる。彼はわざわざやって来た二人に大サービスして玉島の地名の元だという二つのつるつるした玉石を出して来て見せたらしい。僕も子供のころ、天神祭だったか特別の日に床の間に飾ってあるのを見た記憶がある。町内の人はこの石のことをユノキのアンゴー玉と呼んでいるさうだ。アンゴーとはアンポンタン、アホーという意味だ。でも甥はそれを知っていたかどうか。ハハハ。


2010年6月21日

レストランでもカフェでもいい、できれば一階、階上でも我慢するけど高層ビルはつまらない。自然光が入るところ、これが一番大切なのだ。次になるべく席の間隔がゆっくりしていて隣同士の話し声が届きにくいこと。それから音楽は不要、あってもごく静か、ウエイターはひまの間お互いの雑談は気になるからしないで欲しい。そんな店で長居しても追出されないところ。それじゃー商売にならないかもね。


2010年6月18日

先日西洋古道具屋に連れて行って貰った。ここは蚤の市のように家具や何かの片割れみたいな物体が狭い店内に足の踏み場もない有様だ。その中に白い布片が何枚も重なっているのが目に止まった。夫々まちまちの大きさだけれども大体作りが揃っている。つまり赤糸で井げたの模様が織り込まれている片隅にアルファベットのイニシャルが刺繍されている。四角の一角に輪がいく分大きめにしっかり出来ていて、用のないときは何処か所定のとこへ吊るしておくのだろう。しっかり分厚く出来ていて頼もしく健康な感じがした。昔父が朝食の後、ひざにかけた白いナフキンを手のひらをさじの様にしてパン粉を集めてポンポンとやっていたのを思い出した。
いいなー。


2010年6月13日

姪がやってきて台所の流しとかガス台(うちはIHだから何っていうのか)それから冷蔵庫をすっかり掃除してくれた。
その前来た翌日電話をしてきて「昨日の今日じゃ一寸早すぎるから今週の土曜はどうかしら。そのへんそのまんまにしといてね。」と言っていた。よごれ具合が掃除のし甲斐があるらしく今すぐにも飛んで来そうな勢いだった。

驚いた。僕の見たこともない掃除のための小道具を取り揃えて現れた。○○ちゃんがパティシエの修行にフランス時代使ったという胸に金の紋章の入った黒のエプロン(裾を半分くらい上に返して)先ずいでたちにびっくりする。
いろんな便利なもんがあるんだナー。ネチネチした油汚れを拭き取るのや乾かない不潔できたないスポンジに代るもの、サラサラの厚くて頼り甲斐のあるふきん等等。厭でしょーがないあと片付けがこれで一挙解決!いろんなものをいろんなところにぶら下げるSカンまでもネー。

正味三時間足らずでその辺鍋の蓋までお見それするぐらいピカピカしている。冷蔵庫の中なぞ当分手が出ない程きちんとなっていてよそのレーゾーコのよう。
「又くるわねー」と言って帰って行った。

姪はこのところ続いて介護の必要な家族をなくしている。うちに帰ったら「まだもう一人いたじゃない」と言われたさうだ。

 

2010年6月11日

先日病院のリハビリに久しぶりに行ったら、僕のかいた小さなポスターが受付に出ていて驚いた。三年前病気した時、ここでリハビリのぬり絵をかいたついでに色鉛筆でかいたものだ。「みんな励まされています。」と。僕の方こそ大いに励まされました。

 

2010年6月10日

夕方我ながら上手にできたホーレン草のおしたし(ゆで加減が丁度良かったというだけ)を舩木倭帆さんのガラス小鉢に盛る。涼しさうでたい満足。「普段着のガラス」という舩木さんも本望だと思う。



2010年6月9日

この冬から版画工房に通っている。工房の主はレスラーのような大きな人で声も大きいから工房が小さく感じる。私は何度聞いても銅版画のそれぞれの呼び方や技法が頭に入らないけれども、彼は面倒がらずに説明してくれるので恐縮している。大きな手のひらで銅版の表面に黒いインクを塗りつけたり、拭き取ったり、その手をエプロンにこすりつけたり仕事はダイナミックにデリケートに進行してゆく。

 

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