柚木沙弥郎　講演「民藝と私」

講演「民藝と私」

2003年8月22日民藝夏期学校より

4．師・芹沢銈介先生のこと　その2 　

　次に、芹沢先生は一番初めに、私に工芸作家のところ、つまり自分のところで勉強するよりも、職人のところへ行って勉強して来い、と言われたわけなんですが、職人ということについて、お話したいと思います。
　静岡の染物屋で私が実際に学んだ事というのは、考えてみれば大したことはなくて、それより職人というのは、どういう生活をする人達であるかということを学んだことの方が大きいです。職人というのは、朝起きて、今日何をしようかなんてことは悩まない。その日にやることは決まってるんです。そしてそれをともかく一生懸命にこなす。私が伺うもっと以前つまり戦争以前、蒲田に先生が工房を持ってらして、（戦災の後また蒲田に帰ってらしたんですけれども）その当時、寅吉さんという静岡からきた職人さんがいたそうです。この人が仕事をして3時には仕事が終わって、それからどうするかというと、お酒を飲みにどっか出て行ってしまう。つまり職人さんというのは、それをやるだけやったら後は自由、後は自分の時間。まあその辺が非常に割り切っているというか、さっぱりしている。それはそれとして、先生自身東京に出る前、静岡時代、土地の紺屋に通って染の仕事を勉強している。つまり工芸作家から学ぶより、翻訳でなく、原書で読めということだとおもいました。ともかくそういう手ごわい職人さんを相手に仕事をするということから、同時に自分の反省があるし、工芸というものが出来ている。一人ではできない。そういう職人さんとの協力のもとに出来るということを私に教えたかったんだと思います。

芹沢先生と

そして、芹沢先生はよく後一押しということを言われたんですけれど、職人さんは自分が納得しない仕事、納得できないような出来というものを、それからお客さんが満足しなければ、やっぱり満足しない。この両方を満足させたそういう仕事が出来て､それに対する謝礼をもらって、それを神棚に供えて、パンパンと柏手を打っておしまい。これが原則として仕事の一生だったのです。後一押しというのは、つまりあるところまでは皆だいたいやるんです。そこから先をどうするかというとこで、差が出る。そこで止めてしまっていいか、また今までやったことをゼロにしてでも、やり直すというようなこと。その後一押しの努力でもって出来が非常に違うわけです。考えてみますと、芸術とか学芸というものの本質には、後一押しがあるんじゃないかと思います。そういう意味でクラフトマンシップというものは、芸能、芸術、学芸の基礎にあるんだということ。

かつて民藝館にいた瀬底さんという優秀な女性が、工芸というのは全ての学問の基礎なんだから、大いに宣伝しなきゃねということを言っていて、そしてパリのルーブル美術館の中庭にガラスのピラミッドがありますが、その中の階段の下にそこから掘り出されたというか、そこにもとからあった木の土台のような遺構があって、今言ったような工芸の全ての職人の仕事が基礎にあることを忘れない、それを記念にしているんだということを話されたことがあります。その後、私はルーブルに行く都度、気をつけて見てるんですけど、見ることがないので、どなかたか気がついた方がいらしたら、お話を伺いたいと思います。

　次に芹沢先生の仕事について、芹沢模様という話をしてみたいと思います。私はある時、富本憲吉先生が模様から模様を作らない、自分はそういうこということをしたくはない、ということを言われていることを本で読みました。これは1920年代、富本さんがまだ建築をやろうとしてた時代にイギリスのビクトリア＆アルバート美術館という工芸品がある美術館に毎日毎日通って、それをスケッチして、ほとんどロンドンに滞在中、そういうことをしたそうです。で、帰国後しばらくしてから、ある時富本さんは反省として、自分はビクトリア・アルバート美術館で見た物をコピーしてんじゃないかという、大きな反省にぶつかったわけです。自分の仕事というのは、自分の模様というのはなくて、そのイギリスで見た色々、東洋、中近東のデザインを模様にしている、という発見というか、疑問に思って、そういうことから自分は模様から模様を作るのはやめよう。自分でもって作った模様を使おうと思ったのでした。

　こういうことを芹沢先生に私はおこがましくも聞いたわけです。「先生は模様から模様を作っているんじゃないですか」よく言えたものです。先生はそういう時には決して、そうではないなんて言わない。何も言われなかった。考えてみますと芹沢先生は若い時に野の花や草をよくスケッチをして、それが毎日の仕事だったと聞きます。又、近所の奥さん達を集めて「このはな会」というグループをこしらえて、刺繍だとか、編物を教えていた時があるのですが、そういう写生のノートがいっぱいあって、それが戦災でもってみんな焼けてしまったというお話は聞いているんですが、つまり先生もすごくスケッチをしたんです。先生は一方に伝統的な模様を下敷にして、或いはその文法を自分のものにして、いろいろな芹沢模様を展開したわけです。

　ある時先生は、私は染色家ではない、とおっしゃったことがあります。先生の仕事っていうのは、自分からこういうことをやるっと言った事は一遍もないんで、みんな受身なんです。注文が来る、それを機会に模様を探す。街に出る、街の中から、野の中、山の中から、つまりその中の全てが先生にとって、模様になって見えてくる。そういう模様を作る、それが自分の仕事だ。その時にいう模様というのは、これは着物の模様とか、帯の模様、そういう模様じゃないんです。つまり、どこへもって行っても通用する、それだけのものじゃない。だから、皆が呉服屋の下職になるな、なんてことを言われましたけど、呉服屋の注文するような模様、そういう模様はそこのとこだけで通用するもので、もっと広く不変に通用する模様でなければ、真のデザインではないということ。これは、柳宗理館長がいつも言うように、ID、つまりインダストリアル・デザインのデザイナー達が大きな企業の下職になる、あるいはそこに抱え込まれる、つまり売れる為に色々デザインを考える。こういうのは妾芸者の仕事だと言ったことがありますけど、そういうことに通じる。その特定のデザインというものは、先生たちの意図するものじゃなかったわけです。先生の昭和51年のパリで展覧会をするというのは、先生にとって非常に嬉しかったことだったと思いますけれど、もっと広い視野でもって先生のものを見てくれる、そして認める。これはまあ、先生自身本望だったということは、よく納得がいきます。ですから、芹沢模様というものは、ただ染色品ばっかしでなくて、本の装丁であるとか、建築のインテリアであるとか、色々なことにすっとなじんで入っていったんだと思います。

　先生は散歩のお好きな人で、また当時、時間もあって先生も丈夫だったんで、よくご一緒しました。この山手(横浜)にも1970年頃に、先生が部屋を借りていたことがあります。その前に鎌倉の腰越に農家を借りていらして、つまり東京にいちゃ、お客さんが多くて仕事にならないんで、そこに逃げ出していたんです。また腰越はいいとこで、農家の後ろは蛙が鳴いている田んぼで、庭には玉ねぎが軒に吊るしてあるという感じで、先生にはどこをとって見ても模様になる世界だったわけです。そこの農家が家を立て替えるということになって、この山手に家を見つけたのです。その後そこにはチンピラが来て、アジトにしたり、いろんなことになって、止めてしまったのですが、そういう時代に先生とこの山手から元町を散歩して歩く。あの錆びたトタンの屋根は面白いね。あのシュロの木の鋏でカットした形が面白いね。そういうこと全てが先生にとって面白い、そしてそれが先生の模様になるということは、非常に私も啓発されました。

　これは先生自身の才能でもあるんですけれども、先生はそういう道々のものから、いろんな物を吸収する。例えば、これは象徴的な言い方ですけれど、ある所へ行くのに自分は車で行くのを好まない。歩きながら、花を摘んだり、道草をしながら行く、そういうふうでありたい、ということをおっしゃっていました。

　倉敷の大原美術館の敷地の中に東洋館、あるいは工芸館という建築を蔵を移築して建てる、大工事があってそこの中に陳列するケースや何かを先生がいろいろ考案したわけですけど、何度も先生は倉敷に通われた。東京駅に着いた途端にある箇所について気になることがあって、また新幹線の切符を買い換えて倉敷に飛んで帰る、そんなふうにそののことばっかり考えてたんです。倉敷駅に着くと武内さんその他の方が出迎えて、先導してしまう。檻に入れられた熊みたいに自由が利かないので、先生は大嫌い。別のとこから、例えば岡山の空港から、倉敷に入る。そういう意地悪みたいなこともしていらしたようですけど。困る面ももちろんあったと思いますけれど、ともかく歩きながら模様を探す。そうした染色を超えたデザイン、模様。先ほど呉服屋の下職になるな、なんていう話をしましたけど、要するに工芸というのは用のために作るのが工芸であるということが前提で、どなたもご承知のことだと思いますけれど、用に媚びるということを非常に嫌ったのだと思います。用に媚びるというのは、呉服屋さんがこういうふうなのを作れば、皆喜んで買いますよ、というようにそれようにこしらえる。岡本太郎という画家が作った座れない椅子というのがあります。こういうものも、ひとつの思想、世の風潮に抵抗する思想で、極端ですけど、そういうのもあり得るということです。

　芹沢先生の話が続きますが、71歳の時、昭和41年に先生は初めてヨーロッパに旅行しました。四本貴資さんご夫婦と3人で旅行されたのですけれど、旅の一番の目的は、スペインのバルセロナにカタロニア美術館があり、いらした方もいらっしゃると思いますが、スペインのカタロニア地方の中世のお堂のロマネスクの絵画をはがして、美術館の中に再現している、非常にユニークな美術館です。それはもう必ず、バルセロナにいらっしゃる方がいたら、ご覧になることをお勧めします。しかも階下は、今はどうなっているかわかりませんが、スペインの陶器、焼物が並んでいる。これを芹沢先生は若い時から見たかった。それを見ることが大きな目的だったんです。カイロからギリシャ、アテネを通ってスペイン、それからフランス、大旅行だったんですけれども、イタリーのラベンナというベネチアの北のモザイクで有名な町から、私が頂いた絵はがきに「美しいというも愚か、見る物全て君に見せたいものばかり」という電報みたいな絵はがきに、私は非常に感激しました。こういうのが先生だな。師っていうものはそういうふうにして、あとから来る者を啓発する、おだてる、というか高揚させる、そして目標を示す、そういうことが師だと思います。それは強く心に残りました。そういうふうにして、芹沢先生という方は私の中には大きな存在でありました。

　また一方で、先生は、個人的な話になりますけれども、オシャレだという話もちょっとしましたが、シャイというかはにかみやで、例えば新橋の日石のとこの田村町の角に洋品屋があって、先生はもうそこでその日は、それを買うことを決めてたんでしょうけれど、店に入ってコートを着て、「これ、この人が僕に似合うっていうから買うよ」とおっしゃる。初めて見て、先生に似合うとも似合わないとも言ってないのに、そんなわけで人のせいにするというのはお得意で、あっけにとられたものでした。

　私は今、渋谷の富ヶ谷というところに居ますけれど、非常に交通の便がいいとこで、ただ車が多過ぎて困りますけれど、当時昭和25年ごろは、静かで私の家の前に井上馬場という馬場があって、馬が走っていて、風が吹くと臭くてたまらない。井上っていうコメディアンがいてその人のうちの馬場ですけど。そこで、ともかく駒場の民藝館から、その富ヶ谷を通って渋谷に来る、そういう道を先生と一緒に歩いていたんです。私が今居るとこで、「この家は親戚の男が持っているんだけど君どうだ」って言うのです。その前に民藝館のすぐそばに大きなゴルフ練習場がありました。芹沢先生が戦災でもって蒲田を焼かれて、転々としていて青山にいらした時代、柳先生はその練習場を芹沢先生が住まいにすれば、民藝館に近いし、都合がいいと思われていたらしんですけれど、ご承知のように駒場は高級住宅街です。芹沢先生は下町のほうが好きな人で、隣りに魚屋があったりする所の方がいい。そのへんは、すべてのことに違うんです。例えば、濱田先生が六本木にデリカテッセンという洋食品屋があって、そこのチーズケーキが美味しいんだと、よくお土産に民藝館に持ってらして、我々もお相伴になったことがあるんですけれど、帰りの道を歩きながら芹沢先生は、あれよりも大福が硬くなったのを焼いた方がよっぽど美味しいよ、とか。すべてそれくらい好みが違うんです。その駒場の練習場も初めからはあ、はあとか言ってあまり好きでない。

　そしてその渋谷に出る途中、富ヶ谷を通ってその家で、君ここを買わないかというので、私はもう即決、そこを買うことにしました。君は何も考えないですぐ決めるんだな、あきれかえったたもんだ、大変びっくりされました。そのくらい、個人的な違いというか、確かに私も物事を深く考えない方ですが、違いがあるように思います。

　型染を芹沢先生がなんで仕事にしたか、という話なんですけれども、型染というのは型紙を使って表現する手法で、棟方志功さんが木版を使って版画を作るのと通じるものがある。自分の直接的な表現でなくて間接的な表現とよく先生達はおっしゃいますけれど。芹沢先生は絵を描いても名手です。そういう人がどうして、型を使うのか。つまり自分の直接の表現を避ける。これは民藝の持っている属性で色々な制約が作る上にあります。型染で言えば、型を彫って、防染糊をおくというような、まあ今短い言葉では、納得がいかないかもしれませんけれど、自分が意図する絵をそのまま布の上に描くのではなくて、そういう間接的な手間をかけて表現する、それによって作者の恣意といいますか、わがままが濾過される。

　芹沢先生は晩年、よく直に描く絵も沢山、残されましたけど、そこまでしなくてもいいという物まで、型を使って色々表現されることも多かった。そこに先生は民藝を民藝たらしめている属性をよく知った上で、それを自分の表現の手段として使うという自分の仕事の本質を大切にしていることがわかります。その属性というのは、つまり材料を生かすというようなこと。それから技法、テクニックに忠実で、技法に無理をさせないということ。それから使い勝手がいいように、落ちつくところに落ちついた形。この３つ、そういうものを民藝品は持っているわけなんで、この芹沢先生といわず、工芸作家、先輩の先生方はそういうことを自分の力の拠り所にした。芹沢先生にすれば、型染を最も信頼のおける仕事の相手として選んだ。非常に意味のあることだと思います。

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