柚木沙弥郎　講演「民藝と私」

講演「民藝と私」

2003年8月22日民藝夏期学校より

3．師・芹沢銈介先生のこと　その1

　芹沢銈介先生も柳悦孝先生も非常に体の大きな方でした。二人ともそうですが、特に芹沢先生はダンディな方で、おしゃれで、贅沢なものがない時代ですが、スマートで、二人が前を歩いているのを後ろからついて歩くと腰の位置がだいぶ高いです。あれは日本人には珍しいと思いました。変なことだけ、よく覚えています。芹沢先生は当時まだ、一月に一回は女子美に来ていらして、学生がついて歩く。そうするとトイレに行ってしまったりする。ともかくそれくらい魅力的な方です。

　この先生が昭和25年、つまり私が女子美に行った最初の年の夏、講習会で染物をやることになりました。考えてみますと、この芹沢先生の講習会というのが私が染物を言葉としてちゃんと教わった一番最初で一番最後のチャンスだったんじゃないかと思います。そういう点で、私は講師としてお手伝いしたんですけれど、受講料を払わないで、一番得をした生徒だったような気がします。

この時は中村操さんという、のちに国展のユニークな作家になった人だとか、舟越道子さんといって彫刻家の舟越保武さんの夫人、桂さんのお母さん、この人たちが受講していました。そのほかにもいろんな方がいたんですけれど、特に印象に残っているのがこの2人で、つまり子どもさん達がとてもまだ小さかったんですけれど、講習会の宿題で型は彫ってこなくちゃいけないということがあって、それを来る時の電車の中で彫ってきたと言ってらして、大変な努力と一生懸命だったと思うんです。

芹沢先生の講習会

　この講習会で私が一番印象に残るのは、芹沢先生が講習会の一番最初に言われた話で、「うちの人にお土産を持って帰りたいと思っているでしょうけれど、それはあまり期待しない方がいい。つまりこの講習会というのは、糊をこしらえたり、型を彫ったり、布を洗ったり、いろいろな仕事が次々あるわけですけれど、それを楽しんでください」、そういうことがこの講習会の一番大切な点であるということを話された。なるほど、要領のいい人は糊がもう出来上がった頃にやってくる、面倒なことは人に頼んでしまう。そういう人もいましたけれど、それでは意味がないわけなんです。

　それからもう一つ大事なことは、「この講習会で失敗した物を捨てて帰る人がいるけれど、それはよくないと思います。その失敗した作品をよく見なさい」ということなんです。つまり、そういう作者が意図しないようになったものを世の中は失敗というけれど、その失敗したところに本当の染物が顔を出しているんだから、それを注意深く見なさいということです。染物が顔を出してる、って言ってもちょっと抽象的でわかりにくいかもしれませんが、本来の染的なものというのは、作者の意図しないところにある、段々とおわかりになると思いますけれど。そういうようなことを講習生は本当に理解したかわかりませんが、非常に大事なことで、仕事の工程を充分に堪能してこの5日間を過ごすようにということが、芹沢先生の講習生に対する大切な注文でありました。

　それで、私は女子美に勤め始めたんですけれど、それと同時に萠木会というグループに入りました。昭和20年代、染の材料の布がまだ充分になかった時代、和紙はいいものがありまして、そういうものを使って、たくみ工芸店が当時、進駐軍というアメリカの軍がいたわけですが、その家族たちが本国にクリスマスのプレゼントを贈る需要があって、先程申しましたカレンダーもその中の1つでしたが、クリスマスカードとかランチョンマットとか、そういうものを作ることができました。布がなくてもそういう仕事があったわけです。材料を集めたり、またそれを販売するために萠木会というグループをこしらえました。私が女子美に来る前から、数人の作家達が芹沢先生を中心に作っていたわけですが、材料を集めること、それから販売すること、作家個人個人ではしにくいことも、こういうグループでだったら、それができるというのが最初の作る主旨だったのです。この萠木会に関しましては､最近の「民藝」に書きましたので、話が重複しますから省きますけれど、一口でいいますと、ビジネス、当時はコマーシャルと言っていましたが、そういうものと創作との相克、葛藤といいますか、矛盾といいますか、対立、これが段々大きな萠木会を悩ますことになります。

　一番当初は、研究会というのがあって、それに出席するのは非常の喜びで、私のような初心者には先輩達が染物の話をしたり、技術の話をしたり、民藝館に行ってきたというような話を聞くことは楽しいことでした。それから自分の作品を出して、説明して、みんなの批判を仰ぐという、その日が待ちきれないくらい楽しいことでしたけれど、段々段々その会合が、今度はこれくらい売れただとか、こういう注文が入っただとかいう話が主になってきて、先生は大変苦々しくてしょうがない。「君達は朝から晩まで鯛焼きをを焼いているようなもんで、よく飽きないな」と言われてしまって、繰返し繰返し同じ仕事をしているという意味なんですけれど。それで、先程話に出た中村操さんのようなユニークな作品を君たち幹部、つまり主だって仕事をしている人たちは、そういう仕事をどうして社会に向けて紹介しないのか、もっと萠木会というグループでなければできないようなことをどうして君達はやらないのか。つまり萠木会は段々商売が盛んになって利益も上がってくるわけです。そういう資材でもって意味のある仕事をすることがグループをやっている意味じゃないかということを言われた訳です。

　こういうふうな個人とグループだとか、コマーシャルと創作の関係は非常に考えさせられる難しいことで、芹沢先生自身も色々考えられて、今度はこういう展覧会をしようとか、こういうとこへみんなの物を持っていけば、とか色々な題を出されるわけで、私達は非常に忙しく、日夜染物のことばっかし考えていました。今から考えますと、一週間のうちに3回以上先生のうちへ伺ったり、夜中に電話がかかってきたり、まあ大変で若かったから、そういうことが平気だったんですけど、平気でないにしても先生のお宅から出ると、ほっといたしました。

　その当時、たまたまバーナード・リーチさんが東京に来られていて、イギリスではそういうグループはどういうふうになっているんだろうと先生がおっしゃって、リーチさんのお話を聞こうじゃないかということになりました。渋谷の道玄坂にミンミンという餃子屋がありまして、そこへリーチさんを呼び出して先生と２人で話を聞いたんんですけれど、先生はそういう時になると何もおっしゃんない。あーそうですか、そんなもんですか、はー。本当に困ってしまって、リーチさんはリーチさんで精神論の話で、具体的にイギリスはどうなっているかについては、わからず仕舞いでした。

　近年、セントアイビスという店が奥沢というとこにあって、そこの人に現代のイギリス工芸の情勢を詳しく聞きましたけども、小さなグループは、始めやっぱり経済的に萠木会の作った頃と同じように、グループで材料を仕入れたりする方が有利ですから続くんですけれど、次第に個人個人になってしまうという話でした。どこでも大体同じようなことだと思います。

　当時の思い出ですけど、クレージーキャッツというコメディアンのグループが人気があって、それのテレビの様子を先生と見ていたんですが、植木等が前に出てきて「♪スースー　スーダラダッダ・・・・・・・」とやる。それを先生が面白がって、自分もこんなふうに等の仕草を真似して、「あー　あれだよ君。あーいうふうに、グループから時々一人出てきて、なんかやる。あとの人がそれをバックアップする。そういうふうに萠木会もすればいいんだよ、アハハハ」口で言うのは簡単なんですけど、なかなか難しいことで、今でも私はいいことか悪いことか、個人でやる方がいいのか、その辺正直難しい。それは、その人その人の仕事の種類、立場、いろんなもんが同じじゃないですから、考えなきゃなんない問題だと思いますけれど、先生ご自身はそういうことは自分の工房でもって、自分を中心に、みんなでもって仕事をする理想的な工房をもっていらっしゃいました。萠木会というグループに関しては、ご不満だらけだったと思います。ともかく、人が集まって一緒に仕事をするというのが非常にお好きで、お祭騒ぎも好きだし、大工の建前というようなことも大好きでした。

　昭和36年に柳宗悦先生が5月３日の夜明けの４時にお亡くなりになったわけですが、それまでみんな心配して､回復されるのをお祈りしてたんですけれど、とうとう亡くなられました。葬式というのは突然、予測は出来ても大体は突然やってくるもので、５日に先ほど触れた浅野さんの主宰で、会場は民藝館でしたけれど、仏式によって密葬が行われ、それから７日の日に民藝館の本葬という段取りになりました。その時の葬儀の祭壇の設営ということをしなきゃならないわけで、柳先生をたいへん尊敬して恩義を感じていた、芹沢先生がリーダーになったわけなんです。この葬儀というものは私達も忘れられないものになりました。

　民藝館によく集まる作家達、それから五妙虎雄さんという大工さん、大石芳斎という表具師、そういう職人さん達皆でもって祭壇を作るわけですが、どういうふうにするかがまず問題で、皆がてんでな意見を言う訳で、例えば、民藝館に立派な格子の箪笥というか家具があります。それにインドの布をかけて、祭壇を作ったらいんじゃないかとか、いろんな意見が出ます。芹沢先生は例によって、何も意見をおっしゃんない。ただ、皆が意見をいうのを面白がって笑ってらっしゃる。ともかく日がもうありません。「君、東京の葬儀屋をまわって歩くから、調べて」と東京都内の葬儀屋さんのリストを頼りに歩いてまわりました。そうすると見本の写真をいろいろと見ることができます。ヤクザの葬式なんか、すごいもんです。そういうものから、いろいろな段階のものがあって、まあともかく、先生は参考にそういうものを見ないと気がすまなかったんだと思います。そのうち段々に話が煮詰まって、一種のピラミッド式の形を考えて、葛布という布をはって、その上に厨子甕という沖縄のお骨をいれるお宮があって、柳先生がお好きだったものの中にお骨を納めるわけなんですが、それがちょっと難しいんです。というのは、台形でもって裾が広がっているから、一番上に載っけてそこへ、お骨を入れる。いろいろ機械があれば簡単なんでしょうけれど。

　そういう時に非常に威力を発揮するのが、柳悦孝兄弟で、台を作るところから、ジージーガーガー、電気ノコギリで大変な音がして、隣に山本為三郎さんというアサヒビールの社長で、民藝の愛好家で、蒐集されたものが関西の大山崎山荘美術館で見られますけれど、その方がいらっしゃって、「柳さんが亡くなったっていうけど、民藝館では一体何が始まったんだ。」とそういう時に来られて、まあジージーガーガー、ガンガンゴンゴン、夜中中やってるわけです。

　そんなこんなで、京都からお供物が届くとか、非常に立派な荘厳のための花が大きな甕に生けられて、その葬儀の朝には、立派にそれが出来てしまう。最後は柳先生の遺影を祭壇に飾って、それは民藝館にふさわしい見事な作品でした。そういう時に皆が知恵を出し合い、そこへ全力を注ぎ込む、その集中力、こういうことは私は工芸の一番の真髄だと思います。皆の協力、そして芹沢先生がその瞬間に皆の力を出し切る。図らずもこの柳宗悦先生の葬儀の祭壇の設営の時に、そういう力を結集させて、見事に葬式ができたんです。そういうことのリーダーをされたのが芹沢銈介先生でした。

index　　　next>>>