柚木沙弥郎　雑記帳

2014年10月7日
フランス国立ギメ東洋美術館日本フロア特別展示室
「Danse des formes 色彩の舞、柚木沙弥郎のテキスタイル作品展」
開会レセプションにおけるスピーチ
　

私の父は洋画家で1911年から6年間パリを中心に画学留学生としてフランス、イタリー、スペインなどを旅行して来ました。殊に1914年には第一次世界大戦が始まり、パリ市中まで大砲の音が聞こえるようになって、あわてて南部のリモージュというところまで逃げたさうです。
そんな話を私に折にふれて話して聞かせました。そしてフランスがどんなに文化や芸術を大切にする国であるかという事を幼かった私に強調するのでした。それは三冊の分厚いアルバムに貼られたパリの街の様子によって本当に私の印象に焼付けられたのです。私は当時からずっとパリに憧れていました。

2008年から3年続けてリュードセーヌ（rue de Seine)にある画廊で個展を開きました。この街には画廊が軒を連ねていて美術学校も近く、特にアートに関心のある人は必ず散歩がてら通るところなのです。私のプロデューサーは始め断られたのです。何しろパリのアートの中心で無名の日本人のしかも布に染めた作品なぞ相手にしてくれません。パリの画廊は貸画廊ではなく店主が夫々の見識があり、美術館関係の人たちとの交流もあり、自分の画廊のプライドがあるのです。プロデューサーは私に本当にパリで個展をやる気があるのかと何度も確かめました。私は本気でした。私はパリの人たちに自分の作品を見て貰いたいと思っていたからです。パリを自分の終着点と考えていたのです。もしこの展覧会が失敗するならば自分はポンデザール（芸術橋）からドボンとセーヌに身を投げるとプロデューサーは言いました。それは柚木の作品が伝統あるアートの中心で受け入れられないのではないかという不安があったからです。それで二人の抽象画家と批評家をわざわざパリから招いて岡山と秋田でやった私の個展に案内したりして決心を固めたのでした。

最初のリュードセーヌの画廊の個展にギメ美術館の学芸員が見に来て、ギメ美術館に作品が欲しいと言いました。それがギメとの出会いです。翌年、また当時の館長や学芸員が来日のついでに私の自宅まで来られて同じ提案をされました。それからいろいろ事情があって、2014年今年6月に今秋ギメに作品を70点余り収蔵することと記念展をギメ本館で開催することを新館長が決断したというニュースが届きました。

私は民藝から出発しました。「民藝」というのは柳宗悦が提唱した思想で、用と美が結びついた工芸、民衆的工芸のことです。つまり王侯貴族の持っている工芸よりも普通の市民が日常用いている器や道具にこそ健康な美があるのだ、という美の価値基準の転倒を主張した思想なのです。2008年パリにあるケブランリ美術館（Musée du quai Branly）で開催されたスピリットドゥミンゲイ展を思い出してください。

柳を尊敬して民藝に共鳴した芹沢銈介は私の師です。芹沢は染色作家ですが広い視野を持ち、日本の情感の上に世界に通じる普遍性と近代性を具えたアーティストでありデザイナーでした。芹沢の仕事はフランス政府の招待により1976年パリのグランパレでの個展で紹介されています。気がつけば私は帯や着物やのれん、服地、風呂敷、卓布なぞ1950年から30年以上染めていました。社会の需要もあり忙しくしていました。しかし仕事はマンネリズムにおちいり行き詰っていました。芹沢は生前、弟子たちが民藝というブランドの上に安住しコマーシャルに走ることを戒めました。

そんな中10年程まえ、思えば偶然なことにチェコの彫刻家ズビネック・セカールの作品に出会い、今まで経験したことのない衝撃をうけたのです。今まで自分のしてきた仕事とまったく関係のないような、このブロンズの彫刻の持つ強烈な精神性に不意に私の心を奪われ、「今の自分は生まれ変わらなければならない」と直感したのです。私は工芸の大きな属性である用から解放されたいとの思いが強くなったのです。

25才で染色を始めてから今までいろいろの文化や人物から私は影響を受けました。柳、芹沢、セカールについては既に申しました。私が旅したインド、メキシコのフォルクアート、ヨーロッパのロマネスク美術に強い刺激を受けました。作家ではブランクーシ、マチス、シモン・ハンタイ、ヴィアラにも共感します。

このたびギメ美術館のご厚意により私の作品をパリに託し、世界の人々に見ていただくという夢が実現でき心から感謝しています。これは私独りの栄誉ではなく私と共に日本で工芸やアートにたずさわる方々をどんなに励ますことでしょう。私に協力して下さったフランスの方々、日本で支援していただいた方々に厚くお礼を申し上げます。

さてこれで私の命は終わったわけではありません。次の夢にむかって希望の星を目指し努力してまいります。その夢が再び叶うかどうかはわりませんが、私の生きるよろこびを純粋に表現したいと思っているのです。

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