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2005

 

柚木沙弥郎 2005展

2005年9月5日

今年も暑い夏でした。如何お過ごしですか。
私は
ギャラリーTOMの秋の作品展の準備を進めているところです。TOM展には私のこの一年の作品をならべます。一年といっても実際には去年中、何を作るかということは決まっていたのですが、どうやって作るかということが決まらなく、ぐずぐずしてしまいました。そろそろ実働的な時間が不足するのじゃないかと心配な頃、今年五月イギリス旅行をしました。

その旅行がきっかけになって動き出す気持ちが湧いてきたのです。この旅行の目的は一口でいえば、イギリスの田舎を見ることです。それはできればイギリスの田園生活の片鱗に触れることでした。幸運にも非常に適切なB&B(案内してくれた英国の友人が探してくれました)に泊まることができました。それが私の長年の念願だったのです。


コッツウォルズの1757年に建ったB&B

それからもう一つ、イギリス旅行の目的はセント・アイヴィスの丘の上に立って、若い日の浜田庄司の体験を追体験することでした。 ということは少し説明が必要です。浜田は1922年、イギリスに帰国するバーナード・リーチについて渡英しました。当時日本の知識人は社会の急速な近代化、欧米化から自信を失いがちでした。浜田はこれから世に出るには自分の心を強くすることが先ず必要であると考えました。

自国の歴史と伝統をよく認識して、その裏づけのあるしっかりとした自覚、アイデンティティを持たなくてはならない、と考えたのです。それにはイギリスに行き、英国人の生活に触れるならば、そのヒントがみつかるかもしれない。つまりイギリスを鏡にして自国を、自分自身を見つめ直すことでした。

浜田とリーチはイギリスの南端の漁港セント・アイヴィスに窯を築いて三年作陶の研究をしました。そして浜田は後年自分で語っているように、イギリスの留学で得た最大のことはイギリスの田舎の暮らしというものが如何に自然に根をおろした統一のある落ちついた生活であることか、そんな健康な生活の中で作る工芸、そしてその生活に役立つ工芸こそ、自分の将来進むべき方向であるという確信を掴んだのでした。

ここにドラマティックなひとつのエピソードが残っています。ある日、浜田がセント・アイヴィスの丘の上に寝そべっていました。そのそばでカッコーの声がしました。その一瞬、彼は「今自分はイギリスにいる」ということを強く感じたといいます。つまり、上に書いたような一切のことを悟ったのです。

私は先年、イギリスで国展工芸部の展覧会をした時、国展工芸部とイギリスの縁を調べるうちに浜田のこのような経験を知りました。そして自分も何時かセント・アイヴィスの丘の上に立ってみたいと思っていたのです。今度の旅行でそれを果たすことができたのです。


セント・アイヴスの丘の上にあるバーナード・リーチが作った画家ウォリスの墓

私にとって更に幸運なことは、旅のしめくくりのように、ロンドンのビクトリア&アルバート美術館でウィリアム・モリスのアート&クラフト運動が各国にどのように影響したか、その展開を展示する催しに出会ったことでした。この展覧会のハイライトは日本人の私から見れば、日本からの出品でしょう。 そこには柳宗悦の初期の民藝運動が質量ともに豊かに展示されていて、浜田を始め当時の工芸作家の仕事が世界的に如何にユニークでクリエイティブなものであったかを物語っていました。

今度の私のイギリス旅行によって、私は大いに勇気づけられました。何も慌てなくていいのだ、先ず落ちつくことだ、 と自分に言い聞かせたのでした。こうして、やっと夏前からTOM展の仕事にとりかかることができたのです。

前おきが長くなりました。TOM展では当初、絵巻物、染めの緞帳、コラージュ、立体のオブジェを展示する計画を立てていたのです。私はやれるところから手をつけようと思い、絵巻物の絵を描くことにしました。初めの一歩ということです。これは村山亜土作「雉女房」という民話風の物語を絵解きするのです。物語は青や赤の光、闇の黒など透明な光のイメージが主要な要素になっているので、ぜひ透明水彩を使って描いてみようと考えました。この画材は使いづらいという先入観が私にあって、今まで敬遠してきました。ところが実際に使ってみると思い違いの部分が沢山あって、むしろ不透明水彩、ガッシュよりもいろいろな表現ができることがわかりました。やってみるものです。絵の具のことをアドバイスしてくれた若い水彩画家の友人に感謝しています。

その次は染色です。先に緞帳を作るように書きましたが、形式は仮の形でどうでもいいのです。染色、私の場合型染をただ装飾、或いは単なる模様、柄を布につける手段に止めておくのは止めようと思いました。これは主観の問題であって、「在来のお前の作品と何処がどう違うのか」と見て下さる人は言うかもしれませんが、軸足の位置をその時々に使いわけているのです。

それからコラージュの作品を作りました。村山亜土作の「夜の絵」という物語を布のコラージュで作りました。これは貧しい絵描きが自分の納得のゆく夜の絵を描きたいと思い、やっとできた時に命を終わるという話ですが、黒を基調としたコラージュなので、闇夜の鴉のように、よく見ないと見えないような変化を苦労しました。

最後の立体のオブジェについては、まだ結果が出ていないので何とも言えません。鉄や陶土を使っています。いろいろ初めての体験であり、沢山の友人に助力を頂き、感謝しています。

会期中は毎週日曜と木曜の昼前後に会場に行っておりますから、どうぞ見にいいらして下さい。
お待ちしてます。

会期:11月5日から12月25日(月曜休館)
会場:ギャラリーTOM

 

 

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