柚木沙弥郎　雑記帳

雑記帳 back number
2003 & 2004

人形のこと

２００４年7月20日

先日のギャラリーTOMで催したインスタレーションに出品した指人形たちの表情を一体毎に改めて見ると大変面白い。それは小島美佐子さんが写してくださったアップの写真を見て一層さう思った。

小島美佐子さんの写真＞＞＞

　作者としては老若男女も全く無視して、紙粘土で作れる形を次々に作ったのだけれども、何処となくどれも作者自身に似ていると思う人に何人も遭った。作り始めた春先の頃は人形の顔は少し暗いのが多かった。しかし、だんだんに会期が近づくにつれて、明るくなっていったように思う。明るいのがよく、暗いのが悪いというわけはないのだけれども、始めのうちは今度は少し芸術っぽく作ろうという拘りがあって、どうにかして楽しくないものを作ろうという妙な決心が制作を不自由にさせたと思う。
　そんな野心は目標の５０体に近づくにつれて何処かに飛散して、ただ夢中になって作ることになった。それは時間の余裕がなくなったせいでもある。結果的に見ると人形というものが陥り易い下手なリアリズムやセンチメンタルの入り込む余地がなく自分らしい作品になったと思う。

2003年9月1日

今、岸田衿子さんの「どうぶつむらてんきよほう（題未定）」のイラストをかいているところです。

この詩にはいろいろな動物が登場して､例えばブルドッグが寒さにぶるぶる震えていたり」するのです。僕は絵本だからかわいくしようなんて考えたことはありません。しかしそれにしてもブルドッグがこわい陰気な顔になってはいけないというわけではありませんが、リアル過ぎては楽しくありません｡それで何度か書き直してでき上がると、ほかの絵もやっぱり重苦しく思えてつまらなく、全体かき直したくなってしまい、いっこうにはかどらない毎日です｡

2003年6月4日

　パリのプリントフェアは3月29日から3日間行われました｡会場はEspace Auteuil。広いスペースがいくつもに区切られ、参加したギャラリーや工房がそれぞれ展示作品を陳べています。中世から現代までのさまざまの版画があり、一巡すればヨーロッパの印刷、版画の歴史を辿ることができてとても興味深い催しでした。19世紀の書物の中からイラストの部分を額仕立てにした値ごろな小品もあってなかなか楽しいのです｡ベルニサージュと呼ばれる下見会は、午後3時から専門家、6時からは一般向けです。夜がふけるにつれて会場は人々で埋まり、中高年の二人づれが美術品を楽しんでいる様子はさすがにさういう伝統のあるところだと思いました｡
　印象的だったことは、母親と一緒に私の作品のコーナーにやって来た小学生の女の子が、自分の誕生祝に母親からおくられる版画を自分で選んで買っていったことでした。
それはひら仮名風の抽象文の作品で、他に猫やカンガルーの絵もあったのに。

2003年3月6日

私と版画

三月末に私はパリで版画展をします。

私はいつもmmgの工房に出かけて版画を制作します｡そこにはフランスから直輸入した20世紀初頭のそのままのリトグラフの機械が据えつけられています。そして製版と刷に熟練したプリンター（印刷者）がいます。
　版画家と呼ばれる人の中には版をつくり、インクを調合し、刷るというプロセスを始めから終わりまで自分独りでする人もいますが私はさうではありません。私は印刷者との協力によって作品が作られることに大きな意味があると思っているからです｡私は版画は自分ひとりで何から何まで仕上げる、或いは印刷者に原画を渡して、あとは全く彼の手によって刷り上げる、というその両方ともしたくないのです。
　私は自分で工房に出向いて工房の中で自分のイメージを印刷者に話し、彼から技術的なプロセスを聞きながら、やり方を選び相談の上で二人で版をつくり、インクをつくり、刷り上げます｡用紙も選びます｡つまり私（作者）と彼（印刷者）の完全な共同作業によって作品ができるのです。そこには両者の予め予期しなかったような結果がでることもあり、このスリルこそ版画制作のもつ一番大きな楽しみであり、又同時に作品の生命の源ではないかと思うのです｡この方法はロートレックの昔から行われてきた版画制作の常套なのですが、近年流行しなくなってしまっていて残念に思います｡
私は染色でも同じやり方で仕事をしています｡

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